学振を蹴っ飛ばしてITベンチャーに潜り込んでいたら、気がついたら正社員になっていた話
学振を選ばず、博士課程のままITベンチャーで働き、時短の社会人博士になるまで。博士のお金とキャリアの選択肢を、自分の体験で書いた話。
わたしは社会人になってしまった。
正直に言うと、社会人は忙しい。いまのわたしは、リモートワークと研究の二段構えで、家と研究室と図書館を行き来しながら日々を回している。
それでも、この働き方にたどり着けたことには意味があったと思う。
わたしはもともと、博士課程に進んだら学振を目指すものだと思い込んでいた。日本学術振興会の特別研究員——いわゆる学振は、博士課程にいる人間にとって一つの花形のように扱われている。わたしも最初はその流れに乗ろうとしていたし、関連する奨学金にも応募していた。
けれど、結果はダメだった。
それ以上に効いたのは、自分の中に学振へ向かう強いモチベーションがなかったことだ。
学振への違和感
学振に向けて動くなかで、わたしはお金のことをかなり調べるようになった。
学振の研究奨励金は、月20万ほど。わたしが応募していた北大独自のフェローシップ制度も、月18万ほどの支援があった。決して小さくない額だ。
ただ、調べていくと引っかかることが出てきた。この奨励金は所得の一部として扱われるらしい。雑所得として勘定し、当然ながら納税も必要になる。その一方で、副業は原則として認められない。
もちろん、学振には大きな価値がある。研究に集中するための制度だし、採用されること自体が研究者としての評価にもつながる。だから、目指す人を否定したいわけじゃない。
ただ、わたしにはどうしても引っかかった。
お金をもらう代わりに、自分の選択肢をかなり狭める制度に見えたからだ。
しかも、そこに選ばれることが博士としての正しい道で、花形であるかのように語られる。その空気が、わたしにはどうにも居心地悪かった。
採用されやすそうな研究計画を書き、制度に合わせて自分を整えていく道。自分で働いて稼ぎながら、社会のスキルを学びに行く道。その二つを天秤にかけて、わたしは後者を選んだ。
自分で稼いでみることにした
方法はシンプルだった。
わたしには、大学でずっと培ってきたプログラミングの技能があった。とくに機械学習は、当時の社会的な需要ともかなり噛み合っていた。
そこで、自分が組んだ深層学習モデルや、公開できそうな研究成果を整理して、フリーランス向けの求人サイトに片っ端から登録した。カジュアル面談にも応募してみた。
すると、引っかかった。
最初の契約は、業務委託で時給1500円。
IT業界のなかでは、決して高い部類じゃないと思う。でも、わたしは以前コンビニバイトを時給980円でやっていた。リモートで、研究と並行しながら、それより高い時給で働けるなら十分だ。
そうして、わたしは初めてのITの仕事に飛び込んだ。
放り込まれたのは、AI対話モデルの開発チームだった。最初は何もわからない。いきなりのスタートだったけれど、プロジェクトの先輩が環境構築から作業の段取りまで丁寧に教えてくれて、わたしはなんとか喰らいついた。GitHubを使ったチーム開発も、GCPでのクラウド開発も、ここで手を動かしながら身につけていった。
研究と仕事がつながり始めた
そこからは、研究と仕事を並行しながらスキルを積む日々になった。
フルリモートだったからこそできた働き方だと思う。いまの時代なら、博士課程にいながら関われるリモート案件は、探せば見つかる。少なくとも、わたしにとっては現実的な選択肢だった。
AIを積極的に使うベンチャーだったので、学習の速度も一気に上がった。クラウドまわりの知識は、AWSも含めてどんどん広がっていった。
仕事先では、PyTorch Lightningによるモデル構築を覚えた。それをそのまま研究にも持ち帰った。Weights & Biasesでの学習の進行管理も、仕事で触れてから研究に取り入れた。
逆に、研究でやっていたAI実装が会社で活きる場面もあった。対話モデルの訓練や検証など、それまで自分の研究分野では扱ってこなかった実装にも踏み込めた。
研究と仕事は、別々のものじゃなかった。むしろ、片方で得た知識がもう片方へ流れ込んで、互いに強くなっていった。
予想外のオファー
一年ほど働いたころ、予想外のことが起きた。
会社で、社会人博士の採用が始まったのだ。
いま、博士課程の需要は高まっている。とくにAIやデータ、研究開発に近い領域では、博士で培った専門性を求める企業が増えている。そこにリモートワークの広がりが重なって、会社と博士学生のニーズがかみ合いはじめているのだと思う。
わたしにも声がかかった。
正直、かなり悩んだ。
決め手になったのは、時短正社員でのオファーだった。
六時間働きながら、研究も続けられる。好きなように学んで、好きなように働く。自分の時間を使って、もっと面白いことに取り組める。この環境なら、ここまでの学びをさらに広げられる——そう思えた。
最終的に、わたしはオファーを受けた。
かくしてわたしは、社会人博士になった。いや、正確には、博士課程から社会へ出た「博士社会人」なのかもしれない。
手取りは、正確には言わないけれど、だいたい月20万。あの学振の研究奨励金と、ほとんど同じ額だ。しかも副業禁止の縛りはなく、社会保険までついてくる。
——なんだ。わたしは、自力で学振を獲得したようなものじゃないか。
誰にでも再現できる話ではない
もちろん、この道を誰にでも勧められるとは思っていない。
時短契約を結べたのは、偶然が大きい。たまたま自分の研究分野と企業の需要が合っていた。たまたまフルリモートで働ける環境があった。たまたま、博士課程の人材を受け入れる会社に出会えた。
同じことを誰でも再現できるかと言われると、わたしはかなり運がよかったほうだと思う。
それでも、学振にこだわらないという考え方には意味がある。
博士課程の人間が取れる選択肢は、本当はもっと多いはずだ。研究室のなかだけで評価される道、学振に採用される道、大学に残る道。それだけがすべてじゃない。
自分の専門性を使って働いてみること。社会のなかでスキルを磨くこと。企業に入りながら研究を続けること。そういう道も、いまなら現実的になりつつある。
博士の選択肢を増やしたい
わたしみたいに、なんとなく博士課程に入って、人間関係やお金のことで苦しむ。それは本当はおかしいと思う。
わたしたちは、ただ知的好奇心を活かしたかっただけだ。
研究がしたかった。面白いことを考えたかった。新しいものを作りたかった。
それなのに、制度やお金や環境の問題で、必要以上に悩まされる人がいる。研究にたどり着く前のところで、すり減ってしまう人がいる。
だからわたしは、自分みたいなやり方が、もっと広まってほしいと思っている。
学振を取ることだけが博士の成功じゃない。大学に残ることだけが研究者の未来でもない。企業で働きながら研究することも、自分で稼ぎながら専門性を伸ばすことも、博士のあり方の一つでいい。
いまのわたしは、忙しい。社会人は本当に忙しい。
それでも、自分の時間を自分で選んで、自分の専門性を社会のなかで試しながら、研究を続けている。これは、わたしが自分の人生を自分で刻んだ、初めての取り組みだった。
もし君が、いま博士課程で同じようにモヤモヤしているなら——選べる道は、思っているより広いよ。
これからもわたしは、博士のコミュニティを少しでも広げるために、こういう発信を続けていきたい。